2018/08/21 15:50
ユルリハナスタジオ。と検索してもほかの情報は出てこないでしょう。
名前
Hは、部屋に名前をつけなければならなくなった。
事務室だった場所を改装して、ギャラリーにするのだという。それ自体はよくある話だ。しかし名前となると、そうはいかない。名前はその場所の運命を決める。少なくともHはそう信じていた。
Hには家族がいた。5人家族だった。ふと思いついて、それぞれの名前の頭文字を一字ずつ抜き出し、並べ替えてみた。文字というものは、並べ方によって別の顔を見せる。しばらくこねくり回すと、「ゆるりはな」という音の列が現れた。
悪くない、とHは思った。やわらかく、どこか間が抜けていて、しかし不思議と品がある。5人の痕跡が溶け込んでいるという事実も、Hには好ましかった。知っている者だけが知ればいい種類の秘密というものが、世の中には存在する。
「スタジオ」という言葉は、別のところからやってきた。
Hはスタジオジブリが好きだった。理由を問われると困る類の好きさだ。そしてジブリには『熱風』という小冊子がある。毎月10日に発行される、非売品の、サハラ砂漠の熱い風と同じ名前を持つ冊子だ。好奇心の赴くままに作られているその雑誌を、Hは読んでいた。砂漠の熱風がページをめくる指先を乾かすような、そういう読み物だった。「スタジオ」という言葉には、そういった制作の熱のようなものが宿っている気が、Hにはした。
水戸からも、風が吹いてきた。
ドドイッツというバンドがある。ファンクとレゲエと、土着的な何かが混ざり合ったサウンドのバンドだ。そのバンドの中心にいるウンケンは、「センバヤマスタジオ」という音楽とダンスの場所を水戸で運営していた。Hはその名前の音韻が好きだった。センバヤマ。意味を問い詰めても逃げていく種類の言葉だ。その質感が「ゆるりはな」と響き合い、「スタジオ」とつなげることへの確信が生まれた。
こうして「ユルリハナスタジオ」という名前ができた。
最後に、このスタジオが掲げているフレーズについて記しておく。
snug as a bug in a rug.
じゅうたんの中の虫のように居心地よく、という意味だ。snug、bug、rugと三語が韻を踏んでいる。ラグをつくる場所が、この言葉を掲げている。
ラグの中の虫が、ラグをつくっている。
さらに言えば、cut a rug とは「踊る」という意味の古い言い回しだ。センバヤマスタジオはダンスの場所でもある。
Cut the rug. Make the rug. Be the bug.
Hはしばらくその言葉を眺めていた。それから、まあいいか、と思った。名前というものは、つけてみてから意味がわかることもある。